徘徊しないか、家族が、ずっと見守るのは負担が大きい。他人の協力やサービスを利用することは恥ずかしいことではありません。

 

乳がんの手術後、家に閉じこもりがちになり、ある日、家から居なくなっていた。

 

私の祖母は60才まで正社員で事務仕事をしていて、退職後は趣味で大正琴やボランティア活動などを精力的にやっていました。

 

賢く、行動的な祖母でしたが、63才の時に乳がんが見つかり、手術は成功したのですが、動くことが億劫になってきたのか、一日の大半を家の中で過ごすことが増えてきました。
時々、散歩に行くくらいであとはほぼ家の中でしたが、ある日の朝のことでした。家族が気づかないうちに玄関の鍵を開けて居なくなっていました。

 

 

一日中探したが見つからず、結局、警察に保護されていると連絡があった。

 

まずは、近くの公園やバス停、近所の仲の良い友達の家などを探しましたが、見つかりません。日が暮れるまで探しましたが、ちっとも見つかりません。

 

いよいよ警察に連絡しなければと思っていた矢先、警察の方から電話があり、祖母を保護しているとのことでした。

 

自宅の電話番号は自分で言えたようなので、家の方に連絡ができたとのことです。見つかったのは以前、住んでいた家の近所だったそうです。

 

バスに乗って、最寄りの停留所で降りたものの、帰り方がわからなくなってウロウロしていたところを、不審に思った親切な方が交番まで連れて行ってくれたそうです。

 

その親切な方は、自分の親も認知症で徘徊を繰り返していたそうで、何となく気になって声をかけてくれたそうです。

 

 

ずっと監視しているのは無理。家族の負担が大きすぎる。

 

もう25年くらい前の話ですが、今ほど、認知症という病気が浸透していなかった時代の話です。昔は認知症ではなく、痴呆症と言っていたそうです。

 

つい最近も、認知症患者が勝手に家を出てJRにはねられ、裁判沙汰になったニュースがありましたが、一日中監視しているのも、家族にとっては無理な話です。

 

昔よりも認知症の進行を抑える薬も開発されてきているようですが、それでも、進行を抑えるだけであって、認知症が治る薬ではありません。

 

 

ご近所との連携や協力していただく。認知症専門のデイサービスを利用するなどしてほしい。

 

今後も、認知症患者は増えていくでしょう。家族だけでは限界があります。

 

近隣住民に「うちのおばぁちゃんは認知症だから見かけたら声かけてください」などと連携をしておくことも大切なことだと思います。

 

うちの祖母は一度だけの徘徊で、その後転んで、寝たきりの状態になり、65才ので亡くなりました。

 

少しでも家族の負担を軽くしたいのであれば、デイサービスの利用も検討課題の一つではないでしょうか。他の人の手助けを受けることは恥ずかしいことではありません。

 

今では、認知症専門のデイサービスもあり、昼間だけでも家族の負担を軽くするのも大事だなことだと思います。今後増えつつある高齢化社会、地域住民、家族の連携は大切なことです。

 

(管理人からコメント)
体験談、ありがとうございました。
他人の助けや、サービスの利用をすることは、恥ずかしいことではないというのは大事な視点ですよね。昔、福祉サービスが、まだまだ充実していなかった時代は、他人に頼ると、あそこの家庭は、自分の親の世話もできないのかとか、見捨てているのかとか、そんなふうな噂をされてしまったのではないでしょうか。
今では、介護保険ができて、福祉や介護のサービスを利用することは当たり前になり、そうした噂みたいなものは、ほぼされることはなくなったのだと思います。
家族が介護にかかりっきりになってしまって、自分の生活ができなくなってしまうっていう状態にはならないようにしたいものです。
かしこく、うまく福祉や介護のサービスを利用したいですね。
民間のサービスで、徘徊対策として、見守りのためのGPS装置を組み込んだ靴とか、装置を有料で提供するのがあります。そうしたサービスを利用することで、家族の負担が軽くなるといいですよね。