深夜の徘徊対策で玄関の扉に鈴を付けたが、家族の負担が大きく最終的に老人ホームに入居しました。

 

おばあちゃんが深夜家から出て徘徊するように。車が通る道路があり心配だった。

 

私が物心ついたころには、祖母は既に腰が曲がった状態でした。

 

祖母は歩くスピードもゆっくりで、いつも穏やかで、夜も19時を過ぎれば寝てしまうような、ひっそりした生活を送っていました。

 

祖母は叔父叔母と暮らしていたため普段は一緒に住んでいませんでした。しかし、年に何度かは泊まりに行き、祖母と一緒に過ごすのが私の小さな楽しみの一つでした。

 

そんな祖母が徘徊をするようになったのは私が成人したあたりです。

 

最初に叔父に聞いたときは、とても信じられませんでした。私の記憶にある祖母は、家の敷地内から出ること自体ほとんどなかったからです。

 

家を出ていくのは深夜が多く、最初のうちは家族が気付かないこともあったそうです。

 

車通りは少ないものの、家の前には少し多めの道路があったことから、徘徊と聞いて本当に心配しました。

 

 

玄関の扉に鈴を付けた。同居家族が疲れきっていました。

 

こっそり玄関を出て行っても気が付くようにと、玄関のドアに大きめの鈴がいくつか取り付けられました。同居していた叔父叔母は、深夜に目を覚ます回数が増え、本当に疲れ切っている様子でした。

 

祖母は婿養子を貰ったため、その家が祖母の生家でした。そのため、祖母がどこを目指して出かけていくのかは、誰にも分かりませんでした。聞いても絶対に答えてはくれませんでした。

 

一度だけ、私が泊まりに行っている最中に、祖母が家を抜け出したことがあります。

 

 

まだ福祉サービスが充実していない時代、家族の負担が大きいため老人ホームに入り徘徊の心配はなくなった。

 

注意していたつもりでしたが、鈴の音は私にも、ほかの家族にも全く聞こえませんでした。気が付いた時点で、どのくらい経っていたのかも分かりません。

 

叔父や母親に起こされて、そのまま祖母を手分けして探しました。足腰が悪いため遠くには行っていないだろうと思っても、とても心配だったものです。

 

やがて叔父が祖母を見つけて連れ帰りましたが、見つかるまでは心配で仕方ありませんでした。今ほどに対策や福祉サービスなども充実していなかった時代の話です。

 

その翌年あたりから祖母は、老人ホームに入りました。

 

やはり家族に掛かる負担がとても大きかったのが直接の原因です。ホームに入ってからは徘徊に関して心配する必要がなくなり、とても安心しました。
やがて祖母は寝たきりになり、それから数年で亡くなりました。

 

だいぶ時間は経ちましたが、今でも祖母が徘徊していた時期のことを思い出すと、なんともいえない気持ちになります。

 

大事な家族が、どこに行ったか分からないというのは本当に不安なものなのです。今でも忘れることが出来ません。

 

(管理人からコメント)
体験談を、お寄せいただき、ありがとうございました。
おそらくスマホが普及していなかった時代で、GPSなど一般の人が使うにはハードルが高かったでしょう。
家庭で契約できる見守りサービスというのも、そんなになかったかもしれません。
介護など、お年寄りを見守るのは、家族がして当然という空気が社会にあったのでしょう。
今は、3世代が同居している家庭というのが、少なくなっている影響もあって、介護のサービスを利用する人が多くなっていると思います。
個人で利用できるサービスを、うまく利用しつつ、家族の負担が、なるべく軽くなる方法を使うようにしたいですね。